おもしろおかしくやるんべぇ~ゆとり世代も悪かねぇ~

THEゆとり世代。さとり世代とも言われる世代「ふたば」の見方や考え方、そして日々の学びをまとめたブログ。

今年になってから読んだ本にハズレがない話。

 

今回読んだ本はこちら。

始まりの木

始まりの木

 

夏川草介さんの「始まりの木」

 

ある方に薦めてもらい、読んでみました。

 

 

 

偏屈な民俗学者、古屋神寺郎と、

彼を指導教官とする大学院生、藤崎千佳。

 

民俗学の研究は足で積み重ねる」

という古屋の揺るがない哲学のもと、

 

「藤崎、旅の準備をしたまえ」の一言で、

2人は日本中を飛び回り知見を広げている。

 

しかしそれは彼の独創ではなく、

さかのぼれば「遠野物語」の柳田國男に至り、

江戸期の博物学者、菅江真澄の技法として紹介している。

 

と、

フィクションではあるのだけど、参考にした文献も多く、

実話なんじゃないかと思わせるほど。

 

情景描写も巧みで、一緒に旅をしているような気分になります。

 

 

 

最初は偏屈な古屋の口調に、若干めんどくさくなりましたが、

旅を重ね、いろいろなことが分かるうちに、

その魅力にどんどんハマッていきました。

 

 

夏川さんの文章、好きだわぁ(^^)

 

 

 

全部で5話の構成。

 

第1話「寄り道」は、弘前岩木山、嶽温泉が舞台。

旅先でおこる特別講義などから、古屋の想いや過去が分かります。

 

第2話「七色」は、鞍馬が舞台。

不思議な体験をします。

 

第3話「始まりの木」は、伊那谷が舞台。

タイトルにもある「始まりの木」に迫ります。

 

第4話「同行二人」は、宿毛が舞台。

遍路道での、これまた不思議な体験。

 

そして第5話「灯火」は、大学のある東京に舞台が移り、

あるお寺の住職とのやり取り。

1~4話の旅はそれぞれのエピソードという感じで、

第5話は総まとめ、といった感じです。

 

 

 

文章の中で、気に入った言葉を載せたいと思います。

 

 

かつて、この国にはいたるところに無数の神がいた。

木や岩に、森や山に、当たり前のように日本人は神を見ていた。その神々は言うまでもなく、大陸の一神教的な強力な神とは、大きく性質を異にしている。

日本人にとっての神とは、信じる者だけに救いの手を差し伸べる排他的な神ではない。人間は皆生まれながらに罪人だと宣言する恐ろしい神でもない。ただ土地の人々のそばに寄り添い、見守るだけの存在だ。

 

日本の神には、大陸の神に見られるような戒律も儀式もない。教会もモスクも持たない。それゆえ、都市化とともにその憑代(よりしろ)である巨岩や巨木を失えば、神々はその名残りさえ残さず消滅していくことになる。

この国の人にとって、神は心を照らす灯台だった。

灯台に過ぎなかった、と言い換えてもいい。もとより灯台が旅の目的地を決めてくれるわけではない。航路を決めるのは人間だし、船を動かすのも人間だ。何が正しくて何が間違っているのか、灯台は一言も語らない。静まり返った広大な海で、人は自ら風を読み、星に問い、航路を切り開くしかない。絶対的な神の声がない以上、船はしばしば迷い、傷つき、ときには余人の船と衝突することもある。しかし絶対的な教えがないからこそ、船人たちは、自分の船を止め、他者と語り合うこともできたのだ。己の船が航路を誤っていないか、領分を越えて他者の海に迷い込んでいないか、そのことは、寄って来る港を振り返りさえすれば、灯台の火が教えてくれる。私が今どこにいるのか、どれほど港と離れているか、人はささやかな灯を見て航路を改め、再び帆を張ることになる。この国の人々はそうして神とともに生きてきた。この地の神とはそういう存在だったのだ。その神が、今姿を消しつつある。それはつまり、灯台の光が消えようとしているということだ。

 

神について語る古屋の声は、しばしば熱を帯びる。

"無論、私がここで言う神とは、迷える子羊を導いてくれる慈悲深い存在ではない。弱者を律し、悪者を罰する厳格な審判者でもない。たとえ目には見えなくても、人とともにあり、人とともに暮らす身近な存在だ。この神は、人を導くこともあれば、ときに人を迷わせたり、人と争ったり、人を傷つけることさえある。かかる不思議な神々とともに生きていると感じればこそ、この国の人々は、聖書も十戒も必要としないまま、道徳心や倫理観を育んでこられたのだと私は考えている"

こういう古屋の大胆なフィールドから見れば、神と仏を区別する議論や、日本人が宗教を持つ民族であるか否かを問う議論そのものが、見当違いということになるだろう。

少なくともこの国の人々は、古代から路傍の巨石や森の大樹をはじめとして、山や滝や海や島や、あらゆるものに手を合わせてきたのである。

 

分かる気がするなぁ。

こうやって一之宮巡拝の旅をしているわけですが、 

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立派な社殿はもちろんですが、

境内の巨木や巨石にも魅力を感じます。

むしろ最近はそちらの方がメインになってきています。

長い年月、人々が守り続けてきたからこそ今もあるんだよなぁ。

 

 

 

登場する住職の話より、

信じるかどうかじゃない。感じるかどうか。

感じるかどうかっていうのは、この国の神様の在り方なんだ。例えばキリスト教イスラム教やユダヤ教ってのは、みんな信じるかどうかってことを第一に考える。そりゃそうだ。神様自身が自分を信じなさいって教えているんだからね。しかしこの国の場合はそうじゃない。神様でも仏様でもどっちでもいいんだが、とにかく信じるかどうかは大きな問題じゃない。ただ、感じるかどうかなんだ。

 

神も仏もそこらじゅうにいるんだよ。風が流れたときは阿弥陀様が通り過ぎた時だ。小鳥が鳴いたときは 、観音様が声を掛けてくれた時だ。そんな風に、目に見えないこと、理屈の通らない不思議なことはたくさんあってな。そういう不思議を感じることができると、人間がいかに小さくて無力な存在かってことがわかってくるんだ。だから昔の日本人ってのは謙虚で、我慢強くて、美しいと言われていたんだ。

 

これは前回読んだ本にも通ずるところがあります。

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これは古屋の言葉、

学問とはそういうものだ。大局的な使命感を持たなければ、たちまち堕落する。自らがどこへ向かって進むべきかを見失っている学者は、目先の新しいこと、奇抜なことを特別な発見であるかのように錯覚し、他者を攻撃することで自身のささやかな業績を誇ろうとする。柳田國男の下宿の家賃を調べて喜んでいるくらいならまだ可愛いが、一歩も研究室から動かず、卓上の資料を科学や統計学の刃でもって裁断し、学者の側に都合のいいように解釈して、偉大な先人たちを越えた気になっている連中まで目にすることがある。学問の衰退もここに極まるといったところだ。

 

この国には、この国特有の景色がある。その地に足を運ばなければわからない、不思議で理屈の通らぬ、怪しささえ秘めた景色だ。その景色と向き合い、何が起こっているのかをただ見るだけでなく感じ取らなければいけない。

土地を歩くということは楽なことではない。苦労も苦悩も厭(いと)うてはならない。どうせ歩くなら、抜け道でも近道でもなく、王道を歩きたまえ。

 

頼るべき指針を失い、守るべき約束事もなく、ただ膨張する自我と抑え込まれた不安の中でもだえているように見える。精神的極貧状態とでもいうべき時代だ。

 

どうすればこの貧しさから脱出できるのか、誰かが考えなければいけないが、かつてこの道に向き合ったはずの多くの学問が、今はことごとく目を逸らしているように見える。神学は過去の遺物となり、医学は科学の先兵に成り果て、哲学は言語ゲームに興じ、文学は露悪趣味に堕している。

 

民俗学の出番だとは思わんかね。 

 

 これは学問をする時に意識したいことですね。

 

 

 フィクションではあるのですが、そこから考え方や在り方など、

学ぶことが多くありました。

 

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 こうやって足袋で旅することは、

私にとってのフィールドワークとなっているのかもしれません。

 

 

知らず知らずのうちに古屋先生っぽいことをしていたこともあり、

民俗学に興味が沸いてきました。

 

まずは柳田國男さんの「遠野物語」読もっと!

 

 

 

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22 遠江國一之宮 小國神社(静岡県周智郡森町)【全国一之宮巡拝の記録】

 

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事任八幡宮の後に参拝したのはこちら。

 

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遠江國一之宮、小國神社です。

 

「小國(国)」というのは、

出雲の「大國(国)」に対する、遠江の美称だそうです。 

なるほどなぁ。

 

 

あまり長居はできないので、

早速境内を奥へと進んでいきます。

 

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杉の立ち並ぶ、長ーーーい参道です。

 

 

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参道沿いには、鉾執(ほことり)社。

 

 

 それから

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事待(ことまち)池に、

 

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宗像社に、

 

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八王子社。

 

 

 

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全国一宮等合殿社。

 

 

 

まだまだ本社は先です。

  

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御神木「大杉」の根株。

 

こちらも台風によって倒れてしまったんですね。

 

それにしても太くて立派な大杉です。

 

 

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いよいよ社殿が見えてきました。

 

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その前に、こちらが舞殿。

 

 

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ようやく拝殿に着きました。

 

小國神社の御祭神は、大己貴命(おおなむちのみこと)。

 

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これまでに参拝した一之宮にも、

大己貴命(オオナムチ)や大国主オオクニヌシ)を祀っている神社がたくさんありました。

 

 

 

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「ひょうの木」は「縁を結ぶ」御神木として信仰されているそうです。

詳しくはこちらを。

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青々とした木々の中に、木造の社殿が映えます。

 

赤や黒など、色がついていないのがまた良し(^^)

 

 

ゆっくりとしたいところですが、

次もあるので先を急ぎます。

 

 

 

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21 遠江國一之宮 事任八幡宮(静岡県掛川市)【全国一之宮巡拝の記録】

平成から令和にかけてのGWは10連休。

その期間を利用して、東海、近畿方面の一之宮巡拝に出掛けました。

 

 

 

まず最初に参拝したのがこちら。

 

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遠江國一之宮、事任(ことのまま)八幡宮です。

 

その名の通り「願いが言のままに叶う」と言われているそうで、

枕草子」にもそうした記述があるそうです。

 

 

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鳥居をくぐって境内に入ると、

まず目に入るのがこちらの立派な大楠。

 

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大きな耳のような穴があり、

言霊の神様と通じていると言われるそうです。

(後から知ったので、その部分を写真に収めておらず…)

 

 

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こちらは夫婦杉の根株。

 

平成30年の台風で倒れてしまいましたが、

若い木々を守るかのように倒れたのだそうです。

そういうの、素敵だ✨

 

 

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夫婦杉の先、

こちらが一の鳥居のようです。

 

 

 

 

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いよいよ社殿に向かいます。

 

 

 

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事任八幡宮の御祭神は、

 

まず主祭神として、己等乃麻知媛命(ことのまちひめのみこと)。

こちらはもともと「己等乃麻知神社」だったそうです。

 

忌部氏の神である玉主命(たまぬしのみこと)の娘神であり、

中臣氏の祖である興台産命(こことむすびのみこと)(言霊の神様で、四国の天川神社に祀られている)の后神であり、

天児屋根命(あめのこやねのみこと)(枚岡神社春日大社に祀られている)の母神である、己等乃麻知媛命。

 

「ことのまち」の「こと」は「事」でもあり「言」でもある。

「まち」は「麻知」でも「真知」でもある。

 

真を知る神、言の葉で事を取り結ぶ働きを持つ神様として、

また言の葉を通して世の人々に加護を賜う「ことよさし」の神として敬われ、

天と地と人を結ぶ、とても大切な働きをされている神様なのだそうです。

 

 

そこに、

誉田別命(ほんだわけのみこと、応神天皇

息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと、神功皇后

玉依比売命(たまよりひめのみこと)

 

の3柱を合わせた八幡大神が祀られています。

 

 

応神天皇神功皇后については鶴岡八幡宮の記事にまとめました。

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玉依比売命神武天皇の母神であり、

海神である大綿津見神(おおわたつみのかみ)の娘神であり、

豊玉姫命(とよたまひめのかみ)の妹神です。

 

玉前神社の御祭神でもあります。

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これだけ巡っていると、いろいろと繋がってきますねぇ(^^)

 

 

 

境内を更に散策します。

 

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社殿の横には大杉。

坂上田村麻呂が手植えしたとも言われ、

高ーーーく伸びてます。

 

 

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こんな大きな笛が納められていました。

 

 

 

他にも、

 

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五社神社

 

 

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稲荷神社。

 

 

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金刀比羅神社

 

 

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くじら山みたま石

というものもありました。

 

 

みたま石の横には、

何やら先に続く道がありました。

 

 

 

なんだか呼ばれるような感じがしたので、先に進んでみると、

 

 

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むすびの神様と繋がってしまったようです\( 'ω')/

 

 

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すごすぎるー✨

 

 

幸先いいスタート!

この先も楽しみです(^^)

 

 

おもしろおかしくやるんべぇ♪

令和3年最初の足袋旅👣

 

令和3年、最初の足袋旅です✨

 

警戒レベルも上がっているので、なるべく人と会わず、

感染のリスクの低い場所を探し、

 

 

そうだ!

まだ妙義神社に行ってないや!

 

と思い出し、妙義神社へ⛩

 

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ここから今日の足袋旅がスタートします。

 

 

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道の駅みょうぎ から見える妙義山の一つ、白雲山。

 

今回の目的地は、わずかに見える白の「大の字」。

そしてもう少し先にある「奥の院」です。

 

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ズームしたらよく見えました。

いやぁ、なかなかな場所にありますなぁ。

 

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これまでの足袋旅は寺社仏閣が目的地でしたが、

今回の妙義神社はまだ入り口に過ぎません。

 

初の足袋登山です!

 

 

ということで妙義神社を奥へと進みます。

 

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こちらは総門。

 

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青銅の鳥居と鐘楼、石垣に、奥に進む石段と門。

 

社殿もいいけれど、

妙義神社の中でここ好きなんだよなぁ(^^)

 

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波己曽社(はこそしゃ)社殿。

 

元々はこちらが本社で、妙義神社は波己曽神社という名だったとか。

ということは、妙義山は波己曽山?

波己曽ってどういう意味なのだろうか。

 

 

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古い石段がずらっーと。

このガタガタ感が歴史を物語ってます。

奥には随神門と、唐門も見えます。

 

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随神門に着きました。

これから登山なのに、この石段で結構疲れました笑

 

 

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石垣の上から下界を見下ろし、ちょっと休憩。

 

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唐門。

いやぁ、豪華です。

 

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孔雀、かな?

木彫りの古い彫刻が健在です。

 

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妙義神社の社殿は本当に立派!

 

日光東照宮を思い出します。 

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つい最近「日本習合論」を読みましたが、 

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妙義神社神仏習合時代の名残が感じられるので、

それもまたいいなぁと(^^)

 

 

 

新年のご挨拶、そして山に入るご挨拶を済ませ、

ルートの確認を。


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「大の字」まで50分、さらに「奥の院」まで40分。

なるほど、初めての足袋登山にはちょうどいいですね。

 

 

 

 

いざ!!

 

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「倒木の為通行不可」

「迂回」

 

大丈夫なのでしょうか?

 

 

 

いざ!!

 

 

 

 

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はじめはなだらかな登山道が続きますが、

ようやく最初の鎖場が!

 

といってもこの鎖は、使ったほうがかえって上り下りしづらいかも💦

 

足袋は滑らず、しっかりと足の指先が岩肌を掴めるので最高です!

 

 

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大の字までもう少し、というところで現れた、二本の大杉。

なんだかとっても気に入りました。

 

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最後の長い鎖場を終えると、

「大の字」と「奥の院」方面の分岐点に辿り着きました。

 

 

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そして遂に「大の字」の後ろ姿が見えました。

 

「大の字」手前のこの鎖場はかなり急でした。

上るのはまだいいとして、下りるのはかなり勇気いりました💦

 

 

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そして!

いつも遠くから見ていた「大の字」がこんな目前に!

よくここまで運んで立てたなぁ。

 

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下界を見下ろすと、

いやぁ、凄い眺めです👀

 

ただ目の前は断崖絶壁。

落ちたら確実にさようならなので、すぐさま撤退…

 

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白雲山の山頂はまだまだ上。

行く人は、よくあんなところまで行けるなぁ。

 

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奥の院」山頂方面と、「第一見晴」方面への分岐点の「辻」という場所。

帰りは「第一見晴」方面から帰ろうかと思いましたが、

「鎖が老朽化」ということで(恐ろしすぎる…)、来た道を戻りました。

 

 

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奥の院」に着きました!

「辻」からはかなりハード。

這って上ってくる感じでした。

 

 

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最後に、なんとも心許ないハシゴ。

 

 

「下を見るから揺れるんだ。」

 

いや。上を見てても揺れます。

 

滑りはしないけれど、足袋だとこのハシゴ、痛い!!

 

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痛みに耐えてハシゴを下ります(やはり微妙に揺れる…)。

 

 

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山頂に向かう鎖場。

 

 

うん、

 

これは無理笑

 

 

 

 

ということで下山。

 

岩場に乾いた枯葉が積もり、

すごく滑ります。

かなり注意して、一歩一歩ゆっくりと。

 

 

今回の足袋旅は登山でしたが、

ゴツゴツした岩の上を歩くことで、

足の裏の感覚が研ぎ澄まされたり、

足を柔らかく使うことができたりと、

なんかまた一段レベルアップした感じがします😃

 

令和3年もいろんなところを足袋旅するぞー!

 

 

おもしろおかしくやるんべぇ♪

新年一発目から良い本発見!の話

 

今回読んだ本はこちら。

日本習合論

日本習合論

 

 

内田樹さんの「日本習合論」

 

「習合」と聞くと、「神仏習合」や「神仏分離」というワードを思い出し、

日本の歴史をイチから考えさせられます。

 

この本を読みながら、なるほどなぁと考えさせられたことをまとめていきます。

 

 

 

「雑種」は日本文化の本態である

 

一言でいうと、コレに尽きます。

(まぁ、一言でまとめようとするあたり、筆者の考えとは違うのでしょうが笑)

 

 

日本に仏教が伝来してきたとき、

排除するのではなく上手く神道の神と習合させた。

 

海外から新しいものが入ってきたときも、

それを上手く日本風に取り入れ、圧倒的なクオリティに高めてしまう。

 

これが日本という島国が選択した生存戦略でした。

 

 

ところが明治維新の頃、「神仏分離」をした。

神仏分離」を通して新政府が何をしたかったのかは言える。

しかし、そうした理不尽な命令に対して、なぜ組織的な抵抗運動があまり起こらなかったのか、

筆者はそこに疑問を持ちます。

 

そして

「なぜ起きたのか?」

という視点とともに、

 

 

「なぜ起こりうることが起こらなかったのか?」

という視点も大事にしていきたいと述べています。

 

 

私も「なぜ?」「どうして?」と考えることが好きですが、

「なぜ起こりうることが起こらなかったのか」という視点で物事を考えることは少なかったように思います。

こうした視点から物事を考えてみうのも面白そう!

これからやっていこうと思います(^^)

 

 

現実と非現実の境界線をきちんと引くことはむずかしい

 

 筆者は武道をされているのですが、

脳内に生じる「念」が、現実に影響を与えることがかなりあるそう。

 

例えば「相手の腕をつかんで…」と目の前の現実を相手にするよりも、

「想像上の剣を…」というようにその場にないものを操作するほうが技が効くことがあり、

「現実に存在しないものとかかわっているほうが現実変成力が大きい」

ということがよく起こるそうです。

 

 

現実に居つくと「念」が生じ、心身の能力が低下する。

だから武道の稽古では「念を去る」とか「無念になる」ということが言われる。

 

 

ときどきこうして「外部のもの」が境界線を越えて、人間たちの世界に侵入してくる。

逆に人間が境界線をうっかり踏み越えて、「外」に迷い込んでしまうこともある。

 だから「外部のもの」を迎え入れたり、押し戻したりするための、あるいは「外」に迷い込んだ人を呼び戻すための儀礼や戒律が伝統的に存在する。

 

(中略)

 

どの宗教においても、儀礼や戒律の起源は遠い人類史の闇に消えている。どういう起源から発生したのか分からない。そういうときに「だからそんなものには意味がない」と言い切れる人と、「いや、そこには古代人には感知できたけれど、現代人には感知できない、何らかの働きがあったのではないか」というふうに留保をつける人がいる。僕は後者を「霊的にピュア」な人というふうに類別したい。人知によってははかり難いことによって僕たちの世界は満たされている。シェークスピアだって、そう言っている。

 

 

「外」っていうのが、いわゆる「サムシンググレート」やら「無我の境地」やら「神の領域」という言葉で表される部分だろう。

「そんなものは存在しない」と言い切ることもできる。

「もしかしたらそういうものもあるのかもしれない」と考えることもできる。

 

自分にはそういうものは感知できないけれど、

後から振り返ると「あれってものすごい神がかり的なことだったな」

と気づかされることがたまにある。

人の縁とか。

 

自分には直接的な能力は無いけれど、

自分に気づかないように、上手く周りが動いているのかもしれない。

 

あ、これが「霊的にピュア」ってこと?(^^)笑

 

 

人を見る目

 

 「人を見るときは、自分の哲学を持っているかどうかを基準にしろ」

 

筆者が、筆者の父親から何度も聞かされたことだそうです。

 

戦後の極限状態を生き延びた人にとって、

「人として信じるに足るかどうか」は重要。

 

こうやってブログにあれこれ気づきや学びをまとめていますが、

それは自分の哲学を持つことにも繋がっているのかもしれません。

そして忖度せず正直に書いてます。

迎合はしません。馴れ合いも好きじゃない。

 

少数派には少数派の価値がある。

と思わなきゃやってらんないよね(^^)

 

 

「理解と共感に基づく共同体」はつらい…

 

家族が地獄になるのは、親が子どものことを理解していると思い込んで、事細かにコントロールしようとするときと、子どもが親に対して「オレのことをもっとわかってくれよ!」という無体な要求をするとき。いずれも家庭はメンバー同士の相互理解と共感の上に築かれるべきだという信憑がもたらすトラブル。

 

わかるー!

別に自分がそういう状況にあるわけではないけれど、

こういう状況に苦しんでいる人って結構多いのではないかと思う。

 

相手のことが分からないから、もっと知りたいと思うものだし、

でも完全には分かり合えないのだろうなというちょっと寂しい思いもある。

それが人間関係の基本なんだよなぁ。

 

筆者の主張に同意ってことは、やはり少数派だね、自分は(^^)

 

事大主義の再来

 

「事大」とは「大に事(つか)える」。

「寄らば大樹の陰」「長いものには巻かれろ」と同義で、

弱い者が強い者の言いなりになって、身の安全を図ること。

 

 高度経済成長期というのは、人々は「身の程を知らない欲望」に駆動されて、「おのれの分際をわきまえず」に枠を踏み外し、「身の丈に合わない」大きな仕事を引き受けた。国に勢いがある時はそういうもの。

「早めに自分のキャラを設定して、自分のタコツボを見つけてそこに一度はまり込んだらそこから出るな」

こうした定型句が二十一世紀に入ってから増えた。それは単純に日本人が貧乏になったから。 

 

(中略)

 

「現状に不満があったら、まず現状を変えられるくらい偉くなれ」という言明は、人を現状にくぎ付けにするためのもの。

勝ち残ることができなくて途中で脱落すれば、現状は変えられない。

勝ち残ってしまったら「自分を出世させてくれたシステム」を変える必然性がなくなる。

 

これはまさにそうだなぁ。

意見が言えるような立場になるまでに相当な時間が掛かってしまいます。

そのうちに熱が冷めたり純粋な気持ちが薄れてしまったりするかもしれません。

現状を打破したいなら、思い立った時にやるしかないですね(^^)

 

 

 

タイトルの「日本習合」ということと少しずれてきているような感じがしますが、

要するに多様な価値観を尊重すべき、ということかなと。

 

この後はいろいろな事例が語られるのですが、それをすべてまとめているととてもじゃないけど時間が足りないのでカットで。

 

 

 

ただ個人的に一番興味を持ったのが「食」に関してのこと。

 

 

まぁ自分がこうやって畑をやっているからなんでしょうが。

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自然農の畑は、

・肥料を入れない

・農薬を使わない

・耕さない(私は少し耕してるけど)

 

という極めてシンプルなもの。

 

筆者はこの本を通して「純化」「シンプル主義」への「恐怖心」を伝えているのに、

それと反しているような気がします。

 

しかし実は慣行農法の方が、よりシンプルなものなのかなと。

耕して、肥料を入れて、薬を使って、

同じようなものを安定的に作るわけですから。

 

しかし自然農は人の介入を最小限に、シンプルにしているのであって、

実際はもの凄く複雑。

多様な虫や微生物、植物が関係し、絶妙なバランスで成り立っています。

できるものの味も形もばらばら。

よくできるものもあれば、そうでないものもある。

そんなもんです。

 

ただこれは筆者も言っているように、

どんなものでも美味しく食べられることが、生存に有利。

他の人と競争にならないわけだから。

 

 

慣行農業は慣行農業で必要。

無ければ外食産業を支えることができません。

 

あとは自分が何を選択するか、それだけ。

いろんな形のものがあること、多様性があることが一番良いのだろう(^^)

 

 

あと、

 

富はいくらでも増やすことができる。

農作物はたくさん取れたところで、人が食べる量には限りがあり、

それを越えた部分は廃棄するしかない。

農作物は商品ではなく、

農業に市場経済理論を持ち込むのは、そもそも無理がある。

というのもなるほどなぁと、納得!

 

 

民主主義と非民主主義の違い

 

最後に民主主義について。

 

民主主義ってとにかく決定が遅い。

いろんな立場の人のことを考えるので、これって結局誰のため?

という結論になることもある。

 

正常性バイアスがかかった眼で現実を眺めて、どれほど効率的にシステムを回すかということばかり考えている人間から見ると、民主制ほど効率の悪い政治システムは無いように見える。確かにその判断は正しい。

国運が上昇している時は、独裁制の方が効率が良いに決まっている。決定が早いから。おかげで国民も豊かになる。多少の市民的自由の制限を受け入れてもおつりがくるくらい「いいこと」がある。でも一旦「つまづく」と非民主性は脆い。「ここを支えろ。ここの穴を塞げ」という指示があれば人々は動きますが、「ここを支えないとまずい。ここの穴を塞がないと大変なことになる」と分かっても、自己裁量でつっかえ棒を噛ませたり、穴を塞いだりする人間が出てこない。久しく自己裁量ということそのものが禁止されていたから。「トップは無謬である」という前提で制度設計がなされている政体では、現場で自己裁量で決めることは原理的に許されない。でもシステムの危機というのは、中枢的にコントロールが利かないくらいに同時多発的にトラブルが起こること。そういうトラブルには現場現場が自律的に動くシステムでないと対応できない。

独裁制では、極端に言えば、賢者は独裁者ひとりでいい。賢い独裁者以外は全員、上の指示に従うだけの幼児で構わない。逆に民主制では、誰の指示が無くても、自律的にシステムの最適解を見出して、それを実行できる人をできるだけ多く要求する。民主制は市民の成熟から大きな利益を得るシステムであり、非民主制はそうではない。だから長期的に見ると、民主制を維持している方が「大人」がたくさん生まれる。民主制が「長期的に見ると他の政体よりまし」なのは、そういう理由によるのだと僕は思います。

 

なーるほどー!

確かに上向きな時のことばかりを考え、下降傾向に陥ったときのことは考えてなかったなぁ。

最初は強いリーダー性によって引っ張っても良いのかもしれない。

しかし次第に、信頼して任せる。

失敗も経験として成長につながるように。

 

当たり前と言えば当たり前のことかもしれませんが、

ちょうどいいタイミングで思い出させていただきました(^^)

 

 

 

学び多く、非常に良い一冊でした!

新年早々良い感じ✨

 

 

おもしろおかしくやるんべぇ♪

2020年の振り返りと2021年に向けて

 

明けましておめでとうございます🎍

一年の計は元旦にあり!

 

昨年と同様、

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まずは2020年を振り返り、2021年に向けての想いを綴っておきたいと思います。

 

 

2020年の振り返り

1月

2020年のスタートも一般参賀から!

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今思うと、一年前はこんな人ごみの中にいたんだなぁ。

今じゃ考えられない💦

カフェバッハに行ったり、浅草を歩いたりと、素敵なお正月でした!

 

2020年のチャレンジは「100kmウォーク完歩!」

(結局開催できませんでしたが…)

 

大会のある5月に向けて、

練習も兼ねていろいろなところを歩きました(^^)

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歩く練習をしつつ、つくばでウッキーのタテゴシビクス! 

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カラダの開発にも努めました!

つくばのお知り合いのところにお邪魔させていただき、

翌日は牛久大仏筑波山やら、巡りました✨

 

他にも、

1月は荒川和久さんの本を読み、

結婚を始めこれからの社会の在り方を考えました。

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いやー、1月は濃密濃厚だったなぁ(^^)

 

 

 

2月

2月が始まるとビックリ!

保江さんの本に登場させていただきました。

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すべて委ねる

「全託」という生き方を意識し始めました。

 

 

そんなこんなで、

誘いあればボードに行ったり、

一輪車の特訓を受けたり、

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ここでもまた、

緩むことの大切さを感じるのでした。

 

 

 

そして2月はいろんな本を読みました。

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書こうとすれば、誰もが人生で一冊は本が書けると言われます。 

その人の生きざまを書けばいいのです。

こうした本を読みながら、自分とは違う人の生きざまを知り、

同時に身近な人、特に地域の高齢者の経験、人生を聞きたいなぁと思うようになりました。

 

そして動き出そうとしたところで…

 

 

 

ストップがかかりました。

 

 

コロナの流行です。

 

 

 

3月

3月は一本もブログを書きませんでした。

突然の休校。

ショックもあり、休校が明けるまで、

ブログの更新は辞めようと思いました。

 

いろんな人と会って話を聞く。

やろうとしていたことができなくなり、

ブログにまとめることも無くなりました。

 

連日の報道に、メディアと距離を取りたかったというのもあります。

 

適度に歩いたり、畑の様子を見に行ったりしながら、

なんとかメンタルの維持を保ちました。

 

そんな中で、唯一

ラスト「まごころ塾」

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2019年から参加させていただいてましたが、その最終回でした。

 

 

4月

新年度からは普通に学校が再開されるかと思いきや、そうはならず。

始業式で一度顔を合わせただけで新学期が始まりました。

 

子供たちと会うことのないまま、

新年度の準備を進めたり、課題の作成をしたり。

例年のような忙しさとは違い、

今年は精神的な疲労の方が大きかったです。

 

合間に歩いたり、畑仕事をしたり、

オンラインの可能性を探ったりしました。 

 

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zoomでいろいろな人とやり取りをしたり、

FacebookやSlackでグループを作って、

日々のTo-Doを共有したりと、

 

新しいこともできました✨

 

 

5月

前の年は、

平成の天皇の退位と今上天皇の即位、

4月末から5月初めにかけて10連休。

 

その期間を利用し、「全国一之宮巡拝」の旅に行きました。

この時は東海・近畿方面を巡りました。 

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これまた、今では考えられないなぁ。

 

 

2020年はなかなか行けそうにないので、

一之宮の巡拝の記録をまとめ始めました。 

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依然として休校が続き、計画の見直しと準備、課題作成の日々。

今年の大きなチャレンジ、

100kmウォークも遠足(とおあし)マラソンもなくなりました…

 

何を目標に、楽しみにやればいいのだろうか。

ホント精神的に試されたなぁ…

 

しかしいつまでもこうしてはいられないと、

新たに畑をスタート!

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 それからタテゴシ! 

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この2つを極める一年にしようと決意しました!

 

 

 

6月

ようやく学校も再開。最初は分散登校でしたが。

 

例年通りが一切できない今年度。

学級開きをしつつ、授業も進めつつ。

その日暮らし、日々業務に追われてました。

 

引き続きタテゴシ体操やタテゴシウォークでカラダの開発、

そして畑仕事も進めましたが、それだけだと何か物足りない。

 

そこでお便りを作成して月に一度配送するという、

新たな取り組みを始めました(^^)

 

 

 

あ。

あと、鬼滅の刃を読破👹

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7月

今年度の進め方にも、ようやく慣れてきた頃、

この状況でどう学級経営を進めるか、

ここを主軸に取り組みました。

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それから英語の勉強。

(あ、最近全くやってないや…)

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自分の畑だけでは経験が足りないので、

知り合いの畑の様子も見せてもらうことに。

貴重な田植えも経験させていただきました🍃

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「自分の畑で採れた野菜をお裾分けする」という夢も叶い、

サイコーでしたー!

 

 

8月

例年より短い夏休み。

今年はひっそりと。

 

たまたま出先で、海外出身で日本在住の方と友達になり、

拙い英語で会話。少しは復習しておいてよかった。

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パワースポットを巡るのではなく、

だんだんと自分の居場所をパワースポットに。

 

いろいろな経験からそんなメッセージをいただきました(^^)

 

 

9月

運動会改めスポーツ大会。

2学期からは少しずつ行事もできるようになりました。

 

無理なく実施。

ただやはり、かけた時間や労力が思い入れの強さに繋がるのかなと、 

そんなことも実感させられました。

 

 

ようやく暑さも和らいできたので、

畑の新たなスペースを開拓!

秋冬野菜の準備も進めました🥬

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そして来春には野菜作りができるよう準備。

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そして新たにギターを手に入れ🎸

平日朝に練習を始めました。

 

 

・野良仕事、パワースポットづくり

・タテゴシ、歩く、カラダ開発

・お便りの作成と発送

・ギターの練習

 

新たなチャレンジがだいぶ増えてきました。

 

 

10月

11月に行事が多くあるので、10月は日々の学習をじっくりと進める毎日。

同じような日々が続くのは、なかなかキツいものがあります。

そんな中でも子供たちはよく頑張ってました(^^)

 

10月は鬼滅の刃の映画公開!

早速観ました👹

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10月は特にYouTubeの動画を観まくり、

「エンターテイメント」から「教育」について考えました。 

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エンターテイメントといえばお笑い。

芸人さんの本を読んだりYouTubeを観たり、

そんな10月でした(^^)

 

 

 

11月

予想していた通り、11月は行事も多く激務でした。

日々の記憶がほとんどありません。

仕事をし、帰ってきて夕食と入浴、

YouTubeを観ながら(正確には聴きながら)寝落ち。

そんなこんなで1カ月が終わりました。

 

 

カメラが壊れたので、行事に向けて新たなカメラを入手。

そして足の開発の為に足袋を履き、

「足袋旅」という新たな取り組みを始めました👣

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12月

12月は毎年これと言って特になく、

1年の総まとめをしつつ、

チャレンジは引き続き継続しつつ、

あとは読書、という感じでした。

 

久々に小説を読みました。

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晦日貫前神社へお礼参り

今年も一年、ありがとうございました(^^)

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いやぁ、

年の初めには、まさかこんな1年になるとは思ってもいませんでした。

 

地に足着けて、じっくりと一つ一つのものに向かい、

新たなチャレンジをしつつ、手放すものは手放す。

そんな感じの2020年でした(^^)

 

 

2021年は 

 

①野良仕事、パワースポットづくり

今年も引き続き、畑仕事をがんばります。

といってもがんばるという意識はなく、

自然の中で遊んでいる感じ(^^)?

それによって心も体も整っていくので、

私にとっては定期健診、メンテナンスみたいなもの。

自分の中にパワーがみなぎり、

土地も豊かになっていく✨

 

メインは何と言っても日々の業務なので、

そこで最高のパフォーマンスを発揮するためのものでもあるんです。

 

新たに開墾した場所を今年の春からは活用していきます🌱

 

 

②タテゴシ、足袋旅、カラダの開発

カラダの開発もまた、日々の業務で最高のパフォーマンスを発揮するため。

アウターマッスルを緩め、インナーマッスルが働くように。

しかしストイックにやるのではなく、楽しみながら。

それにはタテゴシ体操や足袋旅が私にはいいみたいです(^^)

温かくなってきたら、足半(あしなか)や裸足でウォークにも挑戦したいなぁ。

 

今年は100kmウォーク、開催できるだろうか。

まだ厳しいかなぁ…

 

 

③お便りの作成と発送

日々の学びをまとめたお便り。

昨年、「今年度中は続ける」と決意したので、3月までは続けます。

だいぶネタが無くなってきましたが、あと3号、がんばります♪

 

 

④ギターの練習

「芸は身を助く」

外に出ていけないのなら、自分を磨こう。

後にも残るスキルを身につけようと始めたギター🎸

また下手糞ながらも練習することで、

子供たちが何かにチャレンジするきっかけになったらいいなぁと。

それなりにモノにしていくぞー!

 

 

⑤読書、YouTube視聴

新たな情報は引き続き得て、生かしていく。

挑戦し続ける、学び続ける、

それが教師として一番必要なことだと思うので。

 

情報を得るようなものだけでなく、

時には小説など読み応えのあるものも。

 

 

⑥そして、新たに!

知り合いの助けもあり、

今年は田んぼ、お米づくりに挑戦できそうです。

あとは味噌づくりも。

 

食について、さらに深めていきます。

自然、植物とももっと仲良くなる(^^)

 

 

 

 

あとは何があるだろう…

 

海外に行きたいけれど、この状況じゃあなぁ…

行けないとしても、日本在住の海外の方とやり取りはできるかも!

英語力はもっと高めたいなぁ🔤

 

 

 

 

あとはこうやっていろんなことに挑戦する中で、

いろいろな人と出会い、

その人の人生を知り、

あれこれ語り合い、

同志が増えていくといいなぁ👪

 

その中でまた新たな取り組みが出てくるかも?

わくわくだー\( 'ω')/

 

 

 

 

そして最後に、

一番肝心な、日々の業務は…?

 

 

これからどうなっていくのだろう。

 

 

2020年はコロナの年でした。

2021年はそうではなくなるか、元のように戻るかと言ったら、

そんなことは無いと思います。

 

状況は今よりもっと厳しいものになるかもしれません。

「新しい生活様式」が本当に生活様式として定着するのかもしれません。

インフルやノロの対策にも繋がっているだろうし。

 

 

 

嵐の活動休止。

SMAPは解散、

TOKIOやNEWSやKAT-TUNはあんな感じ。

これまでのジャニーズの感じと変わりました。

 

YouTubeが一般的なものになり、

テレビから活動の拠点を変える人もたくさん。

オリエンタルラジオも抜けるなど、

吉本興業の今後もどうなるだろうか。

 

YouTuberも所属事務所から抜けたりして、

水溜まりボンドはずっと続けていた毎日配信をストップ。

 

女性アイドル業界もそうだけれど、

これから「事務所」、大きな組織の在り方はどのようになっていくのだろうか。

 

私も大きな組織の一員でもあるので、

そうした社会の流れはすごく気になります。

(抜けるわけではありませんが)

 

 

 

前のように戻ることは無いと思います。

もちろん学校も。

 

これからGIGAスクール構想はどうなっていくのでしょうか。

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どんな形で実現されるのだろうか。

その中で自分に何ができるだろうか。

そこについての情報を集めたり、さらに構想を練ったり、

自分の中で準備を進めておきたいと思います。

 

 

 

今年もやること、やりたいことたくさん!

わくわくするなぁ

楽しみだなぁ(^^)

 

 

 

今年も、おもしろおかしくやるんべぇ♪

 

最後までお付き合いいただき、ありがとうございましたー✨

20 蝦夷國一之宮 北海道神宮(北海道札幌市)+α【全国一之宮巡拝の記録】

 

ものすごく久々に、一之宮巡拝の記録の更新です。

 

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前回の洲崎神社をもって、

関東地方の一之宮を全部回り終えました。

 まさかこんなペースで各地の一之宮を巡ることになるとは思ってもいませんでした。

 

 

「なんか一段落してしまったなぁ…」

 

 

 

 

 

そんな時!

 

 

まさかの、

 

 

北海道に行く予定ができました(^^)

 

 

これは「北海道の一之宮に行け」というメッセージでしょうか、

北海道にある一之宮はどこか、調べてみました。

 

予定があったのも北海道神宮も、同じ札幌市。

これは完璧すぎる流れです。

 

早速、飛行機のチケットを取りました。

一人で飛行機に乗るのは初めて、ドキドキです。

 

飛行機のチケットを取った後は、宿泊場所の確保を。

 

 

 

 

 

探しても探しても、

一泊ウン万円という宿しかありません。

 

なぜ!?

 

 

 

 

理由は後から分かりました。

 

 

行こうとしていたのは2月の3連休。

 

 

 

さっぽろ雪まつりの時期と被っていたのです💦

 

 

 

ま、直前になればキャンセルで部屋の空きも出るだろうと、

宿の予約はせず。

 

 

 

 

 

 

出発前日にいい宿が取れました!

導かれてるー♪

 

 

ということで、出発🛫

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まさかの成田も雪☃

無事に飛行機飛んで良かったー

 

 

 

 

てなわけで、

 

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いざ北海道神宮へ!!

 

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境内を進んでいきます。

 

 

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手水舎の屋根にも、雪がたくさん積もってる☃

 

 

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神々しい✨

はるばる来たぜ、札幌!!

 

 

北海道神宮の御祭神は、

・大国魂神(おおくにたまのかみ)

 (大国主命ではない、北海道の土地の神様)

大那牟遅神(おおなむちのかみ)

 (こちらは大国主命の別名ですね)

少彦名神(すくなひこなのかみ)

開拓三神と、

 

明治天皇が祀られています。

 

もともとは北海道は蝦夷

開拓に伴い、明治天皇の詔によって、

他県と同様に一之宮が置かれました。

 

最初は札幌神社という名でしたが、明治天皇の増祀をもって、

北海道神宮となったそうです。

 

開拓とみることもできるけれど、

侵略という見方もできる。

非常にナイーブなところですねぇ。

 

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おおお!!!

社殿のある方は曇りで、合間から日が差し込む感じでしたが、

振り返るととってもいい天気🌞

美しい参道✨

 

 

 

少し戻って末社に向かいます。

 

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末社、穂多木神社。

北海道拓殖銀行の物故者の御霊が祀られています。

っかいどう・くしょく・んこうで、穂・多・木ってことらしい。

 

 

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末社、札幌鑛靈(鉱霊、こうれい)神社。

開拓に関わる鉱業に従事した殉職者の御霊が祀られています。

 

 

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そして末社開拓神社

 

伊能忠敬間宮林蔵

北海道の名付け親である松浦武四郎など、

北海道の開拓に尽くした先人、37柱が祀られています。

 

 

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少し離れたところに包丁塚なんてのもありました。

昔の人はこうやって道具を大切にしてきたんだなぁ。

 

 

これにて参拝終了!

 

 

 

ちなみにこの前日の夜、

用が済んだ後に、少し札幌市内の観光も(^^)

 

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これがかの有名な時計台か!

 

 

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ちゃんと雪まつりも見てきました☃

この状況で、来年はどうなるんだろうなぁ。

 

 

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札幌の方々はこんなにおいしいものを食べてるのか。

レベルが違い過ぎる…

 

 

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今回は滞在時間が短く、あとはなにせ寒すぎたので、

あまり観光はできず。

 

しかし北海道神宮に参拝でき、

まさかの雪まつりも見ることができたので良かった良かった。

今度は夏に、もう少しゆっくり観光したいなぁ。

 

 

それができる時は、いつ来るのだろうか。

 

 

と、

思い出に浸りながらブログにまとめる

令和2年の年末でした。

 

 

おもしろおかしくやるんべぇ♪