おもしろおかしくやるんべぇ~ゆとり世代も悪かねぇ~

THEゆとり世代。さとり世代とも言われる世代「ふたば」の見方や考え方、そして日々の学びをまとめたブログ。

子供たちは今、何を思うのだろうか、という話。

 

子供たちは悩んでいるのでしょうか。

悩んでいるとしたら、何に悩んでいるのでしょうか。

 

子供たちは不安を抱えているのでしょうか。

抱えているとしたら、どんなことが不安なのでしょうか。

 

 

「友達と会いたい」?

 

 

ただこの「友達と会いたい」にはいろいろとありそうで、

 

「友達に会えないと、もう本当に精神おかしくなりそう」ってレベルかもしれないし、

 

「別に一人でも遊べるからそんなに困ってはいないけれど、

そろそろ飽きてきたから友達と遊びたいなぁ」というレベルかもしれない。

 

「ずっと家にいるのが、家族といるのが窮屈だから」という想いが、

「友達に会いたい」という言葉につながっているのかもしれません。

 

 

同じ「友達と会いたい」という言葉でも、その裏にある想いが同じとは限りません。

 

 

 

 

「勉強がしたい」?

 

でも本当にやりたいと思うことは、どんな手段を使ってでもやろうとする気がします。

 

 

 

別に体調が悪いわけではないけれど、

何となく気分がのらずに学校を休みたかった時、

(なんちゅう例だ…)

 

 

咳をするふりをして、いつまでも布団から出なかったり、

 

水銀の体温計だったので、先端をこすったりこたつやストーブで温めたりして、

ちょうどいい37.8℃くらいにしたりと、

 

 

あらゆる手を講じて休んだ気がします笑

 

 

 

口の周りがお菓子だらけでバレバレなのに

「食べてないよ」と嘘をつく。

 

それくらいのことを考える力は小さな子でも持っています。

 

 

本当に勉強がしたいのだとすれば、手元にある教科書を読んだり、使える環境にあればネットを活用したりと、何かしら行動に移すのではないかと思います。

 

そうでないのだとすれば、「勉強したい」からというのは、表面上の言葉に過ぎず、

 

「みんなに遅れを取るのが嫌だ」という焦りや孤独感なのかもしれないし、

 

「とりあえずそう言っておいた方が角が立たないかな」と、

大人に対して忖度してくれているのかもしれません。

 

 

 

 

赤ちゃんはその時その瞬間を生きているので、

悩んだり不安を抱いたりする暇がありません。

 

 

しかし成長して物事を理解する力が高まるにつれ、

 

周囲の大人の会話や様子、テレビやネットから連日得る情報が、

悩みの種、不安材料につながったり、

 

休校や自粛など暇な時間が増えたことで、

より悩んだり不安に思ったりしやすい状況になってしまっているのかもしれません。

 

周囲の大人が悩んだり不安に思うことを減らす。

ネガティブなニュースを絶つ。上手く付き合えるようにする。

そうすれば子供たち不安や悩みも少しは解消されるかもしれません。

 

子供のせいにしないことです(^^)

 

 

 

 

「自由に行動したい」?

 

これは悩みや不安ではないかもしれませんが、

少なからずストレスにはなっていると思います。

 

じっとしていられないのが子供らしさでもあるのに、

今は特に、自由に行動できません。

 

社会的にはどうしても立場が弱くなってしまう子供。

守られているのだけれど、その守られていることがかえって窮屈にもなります。

 

 

今回の新型コロナウィルス感染症に関して言えば、むしろ子供は圧倒的に強者。

周囲の大人の方が弱者です。

 

「知らないうちに誰かに感染させてしまったらどうしよう」

「ましてやその感染した人が…」

 

と、周りの人を、命を大切に思うからこそ、

強く深い悩みや不安を抱く子もいるかもしれません。

 

 

社会的には弱い立場でありながら、コロナに対しては強者。

環境によっては孤独にも耐えねばならない、複雑な立場である子供たちの想い。

 

「上手く言葉にできない」

「思っても言葉にして外に出してはいけないのでは」

 

 

きっと大人が思う以上に、心の中で葛藤している子供もいるのではないかと思います。

 

 

 

そしてこうした想いは周囲の大人、親や教師と理解し合うのはきっと難しいです。

 

唯一共感しあえるのは、同じ状況にいる同年代の仲間。

 

「周りに大人のいない状況で、こうした複雑な想いを共感し合いたい」、

「一人ではないという感覚を得たい」、

 

「友達に会いたい」の言葉の裏には、こんな想いもあるのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

こんな風に考えるに至った裏には、私の原体験があります。

 

 

生まれた時には既にバブルが弾け、

「昔は良かった」という言葉を散々聞きました。

 

そして望んだわけでないのに「ゆとり世代は」と言われ。

 

やり場のない「なにくそ!」的な想いを、いまだにこじらせている笑

でもそれが原動力になったりもしているわけです。

 

 

「弾けると分かっていても、一度はバブルを経験してみたかった」

なんて思うこともありましたが、今はどうでしょう。

 

生まれた時には、十分ではないにしても、ある程度生活が満たされていました。

金銭的、物質的な豊かさをさほど求めようとは思いません。

 

経験したことが無いので、派手な生活に対する憧れもあまりありません。

 

欲しいものはと言えば、その時の最新のゲーム機か、自分用のケータイか。

 

 

「相当な貧乏をした」というような幼少期を送れば、

「早く出世し、たくさんお金を稼ぎたい」という夢を抱いたかもしれないし、

 

「家庭不和など、早く家を出たい」というような幼少期を送れば、

「新しい素敵な家庭を築きたい」という夢を抱いたかもしれない。

 

しかし、さほど苦労をすることが無かったので、

「こうしたい」という夢や願望が特にありません。

 

「向上心がない」

「つまらない」

 

と言われても、

 

無いものは無いので、しょうがない笑

 

 

 

ただ、こんな恵まれた世代にも、

暇があるからそれなりに悩むことはあるわけで。

 

夢や願望が特にないので、

進路を決めるのには苦労するし、

 

そして一番向き合わされるのが、

 

「なぜ生きるのか」

 

「なんのために生きるのか」

 

ということ。

 

 

 

今の生活を変えるために、

明日を生きるために、

やれることをとりあえずやるしかない、

 

という時にはこんなことは考えないと思います。

考える余裕もないと思います。

 

 

しかし、

戦時中や戦後の復興期などと比較すれば、

幸せすぎる生活。

生きる目的を見出しづらい。

 

そして与えられた時間が多く(本当はとっても贅沢なことなのだけれど)、

自分自身に向き合わざるを得ない。

 

何か打ち込むものがあればいいけれど、

そういったものも特になし。

(そこで何かに打ち込んだ同世代は、スポーツやら何やら、いろんな分野でたくさん活躍してますなぁ!)

 

 

 

そのうち、心の豊かさ、精神的な充足を求めるようになりました。

 

「どんな人生を送りたいのか」

 

「自分の命、時間をどのように使うのか」

 

 

 

その方向性さえ決まってくれば、あとはその方向に進むだけです。

 

 

言ってしまえば仕事だってなんでもいいわけで、その仕事を通じて何を為すか、です。

 

 

 

自分なりの、進もうと思う道が見えてくるまでに、結構時間がかかりました。

 

 

 

そして今まさに、同様にもがいている子供たちもいると思います。

 

 

「生きてさえいればそれでいい」

 

「元気でいてくれればそれでいい」

 

「あなたはあなたのままでいい」

 

 

こうした言葉は優しいようで、自分の存在意義が分からず、もがいている時には刃にもなります。

「存在意義が分からなくとも、今のまま悩みもがき続けろ」という裏のメッセージ。

これは相当しんどいです。

 

 

そんな経験をしたからこそ、

 

複雑な心境や自己の葛藤と上手く向き合う方法を一緒に考えたり、

進む方向を一緒に見出したりすること、

 

そのヒントとなること、寄り添うこと、

 

そして、そうした想いを共有し合える仲間をもったり、仲間を得る力を高めることが、

私の教員としての存在意義である(と勝手に思っている)わけです。

 

必要がなくなれば退くだけですね(^^)

 

 

 

とまぁ、

こんな風に葛藤と向き合いながら生きている中(もちろん全員が全員ではないけれど。むしろ少数であろう)、今回の騒動。

 

どんだけ子供たちに試練を課すんだ、という感じですわ。

 

 

 

この国この社会での置かれた位置を客観的に見た時に、

 

 

もっと平均年齢が低く、自分が必要とされるような今後成長する国に行こうか、

 

子供はいない方がいいのではないか、子供の存在が喜ばれる国に行こうかと、

 

 

そこにいる意味を見出せず、田舎から都会へと、多くの若い人が移り住んだように、

 

そこにいる意味を見出せず、日本から外国へと、多くの若い人が移ってしまわないか、

 

そこにいる意味を見出せず、現実世界から仮想世界へと、多くの若い人が移ってしまわないか、

 

 

なんてことを、

少し心配しているのでございます。

 

 

 

そしてこうした想像を抜きに、

 

休校中の支援も、

再開後の準備もできないわけですよー!

 

 

ま、

考えすぎなら考えすぎで!

それで済めばいいんですけどね(^^)

 

少しでも未来に希望がもてるよう、

やらねばならぬこと満載だー!

 

おもしろおかしくやるんべぇ♪