なぜ課題のレベルを上げる必要があるのかって話。

 

課題のレベルが下がる、または現段階のレベルの課題を達成することが容易になってくると、学びの姿がだれてくる。

 

それは何となく感じていた。

 

ある時、その理由がはっきりと分かった気がした。

 

 

 

たし算やひき算の筆算の単元。

基本的には、最初に解き方を自分なりにまとめ、説明し合う。

そのあとはひたすら、筆算の技能の習得に入る。この時間が長かった。

 

そのあとは長さの単元。ここも技能習得の場面が多かった。

 

 

「やろう」という気になって、よく分からないことは相談し合えれば、

教科書レベルの内容を理解する、技能を身につけるのはさほど難しいことではない。

 

 

 

日々の学習以外にも、行事など準備などに追われているから、最低限おさえられていればいいだろう、それくらいでいいかなと思っていた。

 

 

 

100より大きい数の単元に入り、久々に「説明し分かってもらう」ことを取り入れた。

 

あれ?

 

以前であればすんなりできていたはずなのに、学びの姿が停滞している…

 

しーーーん

 

 

ちょっと構成的に、ペアやグループで相談させてみた。

そこから雰囲気がかわり、みんなの課題達成に向けて動き出した。

 

結局その時間の課題はあと一歩のところで終わってしまったが、

久々に積極的に学び合っている感じがあった。(見た目というレベルではなく)

 

 

6月というこの時期。4月から始めた『学び合い』が自然に成り立つようになってきたと感じていたが、どこか澱みのようなものが発生していた。

 

 

高いレベルの課題は協同を生み、

課題のレベルが下がってくると競争を生む。

 

 

別に課題のレベルを下げているわけではなくても、課題達成が容易になってくると、

 

早く課題達成することがよし。

教えてあげる者のほうがよし。

 

そんな雰囲気が生まれてしまう。

 

 

また仲良しグループで固定化していても、なんとなく達成できてしまう。

 

 

毎時間でなくとも、時にはレベルの高い課題を与える必要がある。

具体的には、上位群であっても一人ではちょっと不安。誰かと相談して「よし、オッケー」と確信を得られるような、そんなレベル。

 

 

流水腐敗。

 

言い換えれば、

 

不流水必腐。