おもしろおかしくやるんべぇ~ゆとり世代も悪かねぇ~

幸せ Society 5.0 『学び合い』教育2.0 革命と信用

子どもに学ぶ教師、の話。

 

最近、二人の高校生から多くの学びを得ました。

私自身の備忘録としても、気づきをまとめておきます。

 

 

 

一人目は、福岡の川内柊佳(かわちしゅうか)さん。

 

彼女はSDGsカードゲームのファシリテーターをしています。

SDGsとは、持続可能な社会を目指して国連が掲げた17の目標で、そのすべての達成を目指して世界中で様々な取り組みが行われています。

彼女の「SDGsカードファシリテーターとして活躍する」ことも、そうした素晴らしい取り組みの一つ。

 

 

「誰一人取り残さない」というのが、『学び合い』の「一人も見捨てない」と重なってきます。

 

ただ、世界中の人が、平和で豊かな生活を送れる日本人と同様の生活をするとなると、

地球2~3個分の資源が必要だそうです。

なので「誰一人取り残さない」ためには、先進国、発展途上国の垣根を超えて、「誰一人取り残さない」とはどういう姿を指すのかを考え、行動に移していかねばなりません。

 

ですが、今回はSDGsのことを紹介したいわけではないので、詳しく知りたい方はこちら。

www.unic.or.jp

 

 

このSDGsを、カードゲームを通して伝えるファシリテーターの資格の取得のため、川内さんは行動し始めます。

しかしその講座は東京でしか行われていませんでした。

福岡から東京までの旅費。そして受講料。

高校生の彼女には高い壁。

 

 

そこで彼女はクラウドファンディングを活用することになります。

その過程にはいろいろとあったでしょうし、その大変さは本人にしか分からないと思いますが、プロジェクトは見事達成。

プロジェクト自体は終わっていますが、彼女の想いは、今でもサイトから感じ取ることができます。

readyfor.jp

 

 

こうして高校生初の公認ファシリテーターとして歩み始めた川内さん。

彼女を群馬に招き、群馬のSDGsアクションを加速させることを目指した新たなプロジェクトをちょうど見つけました。

faavo.jp

 

これが、私が川内さんを知ることになったきっかけです。

 

このイベントが1週間前にありました。

金曜日に学校が終わると、即その足で飛び、群馬に来てくれた川内さん。

彼女の想いの強さや行動力には脱帽です。

 

カードゲームへの参加は学生限定だったのですが、私は彼女がファシリテーターとして活躍する様子を見てみたかった。

そうしたら、クラウドファンディングの中にゲームへの参加権のあるコースがあったので、即支援。

 

楽しくSDGsについて学ぶことができました(^^)

 

 

 

 

 

二人目は足利のさくちゃん。

 

 

もともと、さくちゃんのお父さんお母さんとつながりがあり、いろいろなところでお会いしたり、時々お邪魔したりしていました。なので、さくちゃんにも時々会うことがありました。

 

彼女は、中学1年生の時に担任の先生と合わないなど、苦労が多かったそう。学校に行けなくなってしまうこともあったそうです。

 

 

しかし2、3年生で担任になった先生が、

 

まさかの、

 

『学び合い』太田の会でつながっていたK先生でした!!

 

 

もう、それが分かったときは、鳥もびっくりするくらいの鳥肌でした。

 

 

 

彼女が書いた筆文字に元気をもらったし、見せてもらうたびに上達していく殺陣(たて)・剣舞にも毎回驚かされていました。

志望していた高校にも見事に合格。

 

苦悩を乗り越え、目の前のことに全力で力を注げるようになったとき、ここまで人は変わるのだと姿で示してくれました。表情が変化していく様子も見ていたので、感動も倍増。

 

 

 

たまたま彼女が人前で話す機会があり、

 

「嫌いな先生がいたことにも、今では感謝している」

というようなことを言いました。

 

 

ほ、本間ですか。

 

 

まず高校生が人前で話す機会があることも珍しいし、思っていることを大人の前で素直に話せるのがそもそも凄いのだけれど、

 

自分にとってネガティブな過去を、ポジティブな方向に捉え方を変えてしまっていることに驚きました。

 

その年齢でその考え方ができるのか。

自分が高校生の時はどうだっただろうな。

とても、そんなじゃなかったな。

 

彼女の今後の活躍も楽しみです(^^)

 

 

 

 

とまぁ、この二人の女子高生の活躍を見た時に、

「本当に高校生?」

「高校生なのにすごい」

と思うと思います。

 

でもそれって、彼女たちをすごいと思う反面、一般的な高校生をはじめ子どもたちのもつ資質や可能性を低く見ていることを意味しているとも言えないでしょうか。

 

 

「すごい」と思って終わりにしてしまうのではなくて、

その感動を原動力に、自分は自分で何かに取り組むなどして初めて、彼女たちの想いや行動に応えることができたと言えるのではないかと思います。

 

すごい人ほど「すごい」と言われることに重きを置いていないんじゃないかな。

 

 

本当はもともとすごいのに、それに気づいていない子に気づくきっかけを与えること。

今までもやってきているつもりですが、彼女たちの活躍を見ると、まだまだ。負けていられません。私が私に課す、今後やるべきことです。

 

 

 

また、人を見た目や年齢、肩書で判断するのは安易だと思います。

身体的な年齢は、月日を重ねた人の方が上です。

でも精神的な年齢、または人格や魂のレベル・次元(急にスピリチュアルっぽい表現になってしまいましたが、これ以外に上手く表現できなかったので)で見ると、月日を重ねたか否かだけではないように思います。

 

覚悟を決め行動し、その良い部分も大変な部分もすべて受け入れるというような経験を重ねて、「目に見えない年齢」が上がっていくのではないかなー。

 

となると、大人と子どもという区分もあるにはあるけれど、それだけでは人を判断できません。「見た目は子ども、頭脳は大人」な人もいれば、「見た目は大人、頭脳は子ども」な人もいます。

 

大人という大人はいないし、子どもという子どももいません。

それぞれ違った一つの人格として見ていかなければなりませんねー。

 

 

 

「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」

 

教育基本法の第1章第1条、「教育の目的」です。

西川先生の授業の際、教室に届く声を出す練習として講義室で読み上げたので忘れません。

 

公教育に関わる教員として「人格レベルでの成長」という視点を軽視してしまったら、

それは「残念な教員」の烙印を押されてしまうか否かという話ではなく、そもそも「法律違反」なんです。

 

と、自分で自分を戒め、終わりにします(^^)

 

 

 

おもしろおかしくやるんべぇ♪