おもしろおかしくやるんべぇ~ゆとり世代も悪かねぇ~

幸せ Society 5.0 『学び合い』教育2.0 革命と信用

気付こう。動き出そう。ゆとり世代!って話。

 

最近いろいろな方の講演会に参加させていただいています。

登壇者、主催者、参加者と、どこを見渡しても同世代の人の数は多くありません…

 

 

どの登壇者の方も、壮絶な過去を歩み、それを乗り越えての今があります。

そうした話を聞くと心打たれます。涙が出そうになります。

しかしその心打たれた話を聞いて行動に移せるかというと、なかなかそうはいきません。

 

なぜかというと、一つの物語として受け取ってしまっているからにすぎないからかなと思います。

 

 

 

ゆとり世代の一人として人生を考えると、先ほどのような壮絶な人選を歩んできていない人が大半だと思います。

これはまさに自分もそうです。現状に満足しているわけではないけれど、別に特段不便も感じているわけではない。ただ漠然とした、将来に対する不安を感じながら何となく日々過ごしている。それが我が世代の特徴かなと感じます。

どうしても過去の経験が違うので、受け止めるだけの物語になってしまうのも、ある意味仕方のないことなのかなとも思います…

 

 

でもこれから社会が変わっていったとき、モロに影響を受けるのは我々、そして我々より若い世代です。終身雇用制度が崩壊するかもしれない。年金ももらえるかわからない。国の借金がどうこうの前に、金融機関や保険会社が絶対安泰という保証もありません。せっかくコツコツ溜めた貯金が降ろすことさえできない。そんな未来は夢物語ではありません。

 

これまで厳しい世の中を渡り歩いてきたわけではないから、何か動き出そうという気持ちになりにくいのは当然です。しかしゆとり世代。あれこれ自分なりに「これはどうなんだろう」「なんでこれをやる意味があるんだろう」と漠然とでも考えたことのある人は多いと思います。そんなふうに、あれこれ物事を考えるゆとりはありました。そしてそこで自分の進む道を見出した人は、その分野に打ち込み、今花開き始めていると思います。スポーツや芸能の世界はまさにそうでしょう。

 

私も含め、そうではなかった人。今気付き、動き出しましょう。

自分は何のために生まれてきたのか。残りの人生で何を成し遂げたいのか。

 

残された時間が長いというのも、志を抱きにくい原因かもしれませんん。明日でも来週でも来年でもいくらでも後回しにできます。

しかし命は無限ではありません。

若くともいつ深刻な病気にかかるかは分からないし、交通事故で突然…ということもゼロではない。

失う可能性は極めて低いけれど、明日も命があることは100パーセントではない。

だとしたら年齢や世代なんてものは関係なくて、誰もがたった今この瞬間から、何か生きた意味を次世代に残せるよう、できることから動き出すことが大切だと思います。

 

多額の資産を築いた人、政治的な力を持つ人、彼らが絶対的な力をもつわけではありません。

それよりも一人ひとりがどのように考え動くかの方が大きな力をもちます。我々一人ひとりはその一員です。受け身になってはいけない。主体にならなくては。

 

我々世代なんてまさにこれからの国を担っていく世代です。その世代が日々の業務に疲れ果て、自ら動きだせないのは国にとっても大損害でしょう。

上手くいくかどうか、それは分かりません。ただ動き出せるところで動き出しましょう(^^)

 

私はそれを伝え続け、自分からもどんどん動き出そうと思います!