このブログのサブタイトル。ゆとり世代も悪かねぇ。いや、悪かねぇどころか、サイコーだ!

ゆとりゆとりと揶揄される私たち世代。

今回は発見した記事はこれ。

matome.naver.jp

 

え、ゆとり世代めっちゃがんばってるじゃん。

 

そりゃそうだ。今までのような画一的な教育ではなく、個性や体験学習を重視したのだから、当然の結果が出ているだけの話。従来の価値観で評価したら、違う方向に向かっているのだから結果は悪くなる。新しい方向へ進んだのに、その価値が評価されず、結局揶揄される羽目に。

ただゆとり世代として声を大にして言いたい。当時の文科省の方々、わたしたちのため、そして未来の日本のためを思った改革をしてくださり、本当にありがとうございます(^^)

 

人口の増加が何よりもバブルの要因。その時代はいい高校や大学を出れば良い企業に就職することができ一生安泰。そういう幸せのモデルの中では、たとえ引っ叩かれてでも先生に従い勉強をするのが良かったのかもしれない。逆にその流れに乗れなかった人たちは荒れることでしか自分の居場所を見いだせなかったのだろう。

 

これからは人口が減少する時代。AIや機械、海外出身の方と上手くやっていくことが求められる。人に言われたことをやる機械的な人間は置き換えられてしまう。必要なのはクリエイティブな能力。常識にとらわれず、あるものを生かし組み合わせたりして新たな価値を生み出していける力。まさにゆとり教育の中で育もうとした力だ。これを分かっていて行動できるのであれば、新たな道が開けるだろう。逆に従来の価値観の中で生きようとしたら、ゆとりの中で生きたことがかえってハンデになってしまう。そこに気づこう。そして行動しよう!

 

また今は物に囲まれ不自由のない生活。近頃の若いもんは欲がないなんて言われるがそれも当然。物に囲まれ不自由のない生活をしているのだから、希少価値のある物を所有すること=幸せなんて全く思わない。

 

またお金があることが幸せとも思わない。たくさん稼ぎたいという意欲がないのもこれが原因だろう。まあでもお金は欲しいし、欲しいと思う物もある。小学生が欲しいものはといえば、だいたいスマホ。ゲーム。理由は簡単。その物が欲しいというよりも、人との繋がりを欲しているからだ。共通の話題があることで繋がれる。だから買ってもらいたい時のきまり台詞は「みんな持ってるもん」

物があふれる半面、こうした人との繋がりを失った、しかし人間の行動を見てもこれは切っては切り離せないものだし、これをもとめた行動絵をしている。ということは人と人とのつながり、しかも心と心レベルの深いものに関わるようなサービスは今後も伸びていくだろう。

ゲームにしろテーマパークにしろ、どれも遊んでいるようで実は遊ばせてもらっているものばかり。大海を知らない蛙のままでいる方が確かに楽だ。遊ばせてもらって満足してしまうのだろう。しかしそんな楽しみを与えてくれる存在に自分の一生を捧げて終えてしまっていいのか?そこに気づこう。そして本当の意味で遊ぼう!

 

アジア諸国がめまぐるしい経済発展を遂げている。まさにバブルの時代のよう。しかしいつか私たち世代のように、物やお金があっても幸せと感じられず、人との心のつながりにこそ幸せを感じる悟った世代が出てくるはずだ。わたしたちは経験者として、今後世界に向けて働きかけられることがあるだろう。そう考えるだけでワクワクしてきませんか(^^)

 

※これを考えるきっかけの一つに、某仮想通貨の取引企業の存在があります。同世代なのにあれだけの大きさの企業に成長させている。それは成果の一つとして捉えていいはずだ、しかし経営に甘さが見られた。クリエイティブに挑戦していく良さがある半面、詰めの甘さもある。(自分で言いながら心が痛い)そういうミスをなくすためには、豊富な経験を持つメンターの存在が欠かせない。客観的な立場からの意見を積極的に取り入れることを心掛ければ、ゆとりの良さは生きるんじゃないかな。