昨日は研修。いろんな場で増えてきたなぁ。3人に説明。

研修の中の一場面にて。

3人と交流し互いの考えを伝え合う。その際自由に動いて良い。とのこと。

公的な研修の場においても、こういう場が最近増えてきたように感じる。

 

「3人と意見交流をする」という手法はどこから出てきたのだろうか。

書籍、ネット、講演会、他の研修、人づて… どこからかはわからないが、確実に『学び合い』に関わる機会があるのだと思う。

 

ということは研修の場で講師を務めるような指導主事や研修員の間には、広く学び合いが認知されていると考えて良いだろう。そうした方々は「教える」ということに長けている。学び合いをツールとしても上手く使えるだろう。となればいろんな研修の場で、学び合う場を設定する。それを体験した人が現場で実践する。『学び合い』と意識してかどうかに関わらず、手法的な部分は少しずつ浸透していく。

 

「これは○○という手法です」というように、講師は名前を出さない。一つのものを宣伝してはいけないのかもしれないし、「一つのものに固執しすぎてはいけない」というメッセージかもしれない。いろいろなものを学び、その一部として取り入れているのだと思う。ただここから言えることは、自分よりも若い世代の教員はほぼ、研修の場などで学び合い的なことに触れているということである。

となれば手法的なことは何となく分かる。私がそのことについて深く学んでいないにもかかわらず、「黄金の…」とか「褒め言葉の…」とか「机をコの字に…」というのを知っているのと一緒。

 

これから大切になってくるのが、方法だけでなくその根幹にある「考え」を伝えること。しかしいきなり考え方を伝えるというのも難しい。だからまずは個々のメリットを感じてもらうことが先決かと思う。

ただ「授業を成り立たせる、上手くやる、点数を上げる」だけでなく、学級経営も兼ねて「子供たちが上手く対人関係を築けるようにする」ことへ。

「業務の多忙化の解消に繋げる」ことも響くかもしれない。

次第に高次になっていき、教え子たちに「先の見えない将来にも生かせる対応力を身につけさせる」ということにも行きつくかもしれない。このころには確実に「方法」ではなく「考え方」として『学び合い』になっているだろう。

 

人によって理解度や実践の度合いに差はある。それはそれでいいのだろう。ただ徐々に「考え方」のレベルまで達する人を増やしていきたい。それが『学び合い』の会だけでなく、勤務校レベルでできればいいな。